組み込み開発で無線通信を自在に扱えるようにするため,無線通信技術についてまなぶことにしました.
無線通信の定義
無線通信とは,電磁波等を媒体とし,物理的な配線(ケーブル等)を用いずに空間に情報を伝達する技術の総称である.
- ケーブル:光ファイバーケーブルや電気ケーブル等の配線.ケーブル以外の配線の代表例は導波管
- 「空間に」とは,有線通信と差別化するための言葉である.有線技術は電磁波等を導体や絶縁体被膜によって誘導して通信を行うのに対し,無線技術は空間に放射状に電磁波等を拡散して情報を伝達する
- 電磁波以外にも,音波を媒体として通信を行う場合がある.理論上は重力波も無線通信の媒体になりうる
無線通信の応用範囲
無線技術は,日常生活から産業活動,社会インフラに至るまであらゆる場所に深く浸透しており,存在するのが当たり前の技術となっている.
古くはラジオやテレビ放送といったマスメディアを支え,現代ではスマホによる通話やデータ通信,Wi-Fiによるインターネット接続,Bluetoothによる周辺機器の接続,GPSによる位置情報サービス等を実現させている.
無線通信技術の分類
本文書では,通信距離を基準として無線通信を分類する.
- WPAN(Wireless Personal Area Network):個人の周りの数メートル程度の範囲で通信を行う
- WLAN(Wireless Local Area Network):家庭やオフィス,建物内などの数十~数百メートル程度の範囲で通信を行う
- WMAN(Wireless Metropolitan Area Network):都市規模の数キロ~数十キロメートル程度の範囲で通信を行う
- WWAN(Wireless Wide Area Network):国や大陸を超えて数十キロメートル以上の範囲で通信を行う
無線通信の基礎技術
最初に多くの無線通信に共通する機能を挙げる.
電波と周波数帯
無線通信は,情報を電波(電磁波)に乗せて伝達する技術である.電波の性質は周波数によって大きく異なる.
- 低周波数:障害物を回り込みやすく,遠くまで届きやすい.しかし一度に伝送できる情報量は少ない
- 高周波数:直進性が強く,多くの情報を高速で伝送できる.しかし障害物に弱く,遠くまで届きにくい
電波はこのようにトレードオフの関係を有しており,その用途によって適切な周波数帯が割り当てられる.
主要な周波数とその用途
- LF(長波)帯/MF(中波)帯/HF(短波)帯:比較的に低い周波数帯.遠くまで届く性質を利用して,AMラジオ放送や,船舶・航空機のビーコン通信等に用いられる
- VHF帯(超短波)/UHF帯(極超短波):FMラジオ通信やテレビ放送,防災無線など,広範囲に情報を伝達するために用いられる
- SHF帯,EHF帯,THF帯:マイクロ波以上の高い周波数帯
- ISMバンド(産業・科学・医療用バンド):2.4GHz帯や5GHz帯,6GHz帯など,特別な免許がなくても自由に利用できる周波数帯.Wi-FiやBluetooth,電子レンジ等,身近な無線機器の多くが利用している
主要な伝送技術
変調方式
変調とは,電波の波形の変化に情報を乗せるプロセスである.データを変調してアンテナから空間に放射し,その変化を受信して(復調)元の情報を復元する.
- アナログ変調:
- AM(振幅変調 – Amplitude Modulation):振幅を情報の変化に対応させる.単純だがノイズに弱く,中波・短波ラジオ放送で利用される.
- FM(周波数変調 – Frequency Modulation):周波数を情報の変化に対応させる.AMよりノイズに強く,FMラジオ放送や初期の携帯電話で利用された.
- デジタル変調:
- ASK(振幅偏移変調 – Amplitude Shift Keying):デジタルの0と1を,振幅の有無や大小で表現する.RFIDやリモートキーレスエントリー等で利用されている
- FSK(周波数偏移変調 – Frequency Shift Keying):デジタルの0と1を,周波数の高低で表現する.RFIDやWi-SUN等で利用されている
- PSK(位相偏移変調 – Phase Shift Keying):デジタルの0と1を,位相(波のタイミングのずれ)で表現する.ASKやFSKより多くの情報を伝送でき,Wi-Fi,携帯電話,地上デジタル放送等で広く利用されている
- QAM(直交振幅変調 – Quadrature Amplitude Modulation):PSKを進化させ,振幅と位相の両方を変化させて更に多くの情報を伝送する方式.地上デジタル放送やWi-Fi4以降,4G/5G移動体通信等,現代の高速通信の多くで広く利用されている
多重化・多元接続方式
限られた周波数資源を,複数のユーザーやデータストリームが効率的に共有するための技術
- スペクトラム拡散(Spread Spectrum):
- DS(直接拡散 – Direct Sequence):送信する信号に,その信号よりもずっと高速な拡散符号を掛け合わせて,広い周波数帯域にエネルギーを拡散させる方式.信号がノイズに埋もれるレベルまで拡散するので,秘匿性や耐干渉性に優れる.第三世代携帯電話(W-CDMA)や初期のWi-Fiで採用された
- FH(周波数ホッピング – Frequency H):一定の規則に従って,通信周波数を高速で次々と切り替えて通信を行う.特定の周波数で競合が生じてもすぐに別の周波数に切り替わるので通信を継続できる.Bluetoothの根幹をなす技術である
- Chirp(チャープ拡散):周波数を時間と共に連続的に上昇/加工させるチャープ信号を用いて情報を拡散する方式.極低電力でも長距離伝送が可能で,LPWAの一種であるLoRaWANで利用されている
- OFDM(直交周波数分割多重 – Orthogonal Frequency Division Multiplexing):
- 高速な一つのデータストリームを,多数の低速なデータストリームに分割し,それぞれを直交する多数のサブキャリアに乗せて並列伝送する
- 都市部等でビルに電波が反射するマルチパス干渉に強く,周波数利用効率も高い.そのため,4G/5G,Wi-Fi,地上デジタル無線通信システムの物理層で広く採用されている
- OFDMA(直交周波数分割多元接続Orthogonal Frequency Division Multiple Access):
- OFDMのサブキャリア群を更に分割してリソースユニットに分割し,複数のユーザーへ同時に割り当てることが可能
- 多数のデバイスが小さなデータを頻繁にやり取りする高密度環境において有効.通信の順番待ちを減らし,システム全体のスループットを向上させる.Wi-Fi6や5G NRで導入された
無線通信は,単なる一対一の通信速度の向上から,「多くのユーザーが効率よく遅延なく通信できるようにするか」という方向性へと変化していった.初期のデジタル変調(ASK, FSK)からより情報を詰め込めるQAMへ進化することで,限られた周波数域での通信速度は向上した.一方でマルチパス干渉やユーザー間の衝突が大きな問題となり,これを解決するために周波数を分割するOFDMが発展した.さらにOFDMAは分割されたリソースを分割し,多数のユーザーが同時に効率的に通信を行えるようになった.
まとめ
無線通信技術の四大要素
- 基本性能: 一対一でいかに情報を正しく速く伝えるか(変調・符号化)
- 堅牢性・共有性:ノイズや別の機器の信号との干渉・競合をいかに解決するか(スペクトラム拡散,OFDM,多元接続)
- 実用性:実際の製品として満たすべき要件(セキュリティ,通信距離,電力)
- 周波数の有効活用:有限かつ法で制限された資源をどう利用するか
コメント